ポール ラッシュさんの生涯と共に歩んだ道 (1)To English

廣嶋 都留




ケンタッキー出身のポールさんは1925年、米国YMCAのスタッフとして、関東大震災で破壊された横浜と御殿場のYMCA施設の再建のため来日しました。27歳でした。震災がなかったら、彼はエルサレムのホテルでの研修に出発するはずでした。日本の文化、習慣については予備知識がなく、横浜入港時に友人に宛てた手紙にこう書いています。“日本人は魚を常食にしているとは宣教師から聞いたが魚を空に舞い泳がすほど好きだとは知らなかった”と。この表現で、ポールさんの日本上陸は四月末から5月初旬と想定できます。


一年間のYMCA再建業務は順調に進み、帰国目前に立教大学から、商業英語の開講依頼を受けます。また東京聖路加病院のDr.トイスラーからも被災した病院のため募金活動を手伝うよう頼まれます。聖公会の信者であったポールさんは、マキム主教の“君はまだ若い、一年だけ手伝ってみては”との誘いを断ることは出来ませんでした。“では、もう一年だけ”と答え、ルイヴィルに婚約者を残して来たことを悔やみました。この、“もう一年”日本滞在の約束が、その後、全生涯続く約束となるのです。


聖公会には聖アンデレ同胞会(BSA)という会があります。伝道を目的にその働きは「一人が一人を」教会へと導きます。イエスに最初に召された漁師のアンデレが翌日兄弟のシモンペテロを主のもとへ連れてきたことを規範としています。


大学で教え始めたポールさんは学生達ををキリスト教に導きながら、‘祈り’と‘奉仕’の精神で青少年の研修センターを山梨県清里に建てたのが昭和13年、1938年のことです。時を同じゅうして、東京市用にと建設された小河内貯水池のため、住み慣れた村を追われた人達、28戸、62人が清里に移住していました。代々守って来た土地と山林、全村が湖底に沈みました。林業から農業を生業とするのは未知の世界でした。特に寒冷地、高冷地、清里での農業への転換は苦労の連続でした。ポールさんはそうした極貧の村人達に出会いました。何年かの後、彼らと共に“新しい村づくり”をすると想像していたかどうか知るよしもありません。


清里村と大泉村の中間点に建てられた研修センターは両村の一字をとって清泉寮と名付けられました。1938年の夏の落成式には800名の参加者があり、国鉄は新宿から臨時列車を走らせたとの公式記録があります。聖公会関係の青少年が春から秋にかけて全国から集まり、修養会が行われ、祈祷会が持たれました。村の人達への伝道活動も活発に行われました。そして若者たちの奉仕で施設やキャビンを増やしていきました。


ポールラッシュさんの清里での活動は日米関係が悪化しても続けられ、宣教師たちが帰国しても彼は居残りました。1941年、開戦の朝、軟禁されるまで、ポールさんは「日本の青年たちを見捨てられない」と言い続けました。1942年戦争勃発6ヵ月後に日本船、浅間丸でアフリカに向け出航、米本土から送り返された日本人達との交換で米本土に強制送還されました。3年後、1945年9月に占領軍の情報将校として再来日を果たします。かつての教え子の多くは戦場に散りました。生き残った教え子達が集まって来ましたが、戦前あんなに明るく生き生きと奉仕をしてくれた青年達でしたのに、ポールさんの目に映った彼らは、希望を失い、先の見えない日々に心が荒んでいました。学生や青年達と一緒に清里に行き清泉寮を訪ね、清里村の人達との再会を喜びました。


「先生、民主主義って何ですか?どうすればいいんですか、こんなに苦しんでいる私達に、神様は何をしろとお命じになるのですか?」ポールさんは痩せ細り、憔悴した青年や村人を前に返答に困りました。


「そうだ、母国の人達にこうした状態に置かれている日本人の姿を伝えよう。日本人が一人立ち出来るよう手助けをしよう。」このようにして清里農村センターの構想が生まれました。


「食料、保健、信仰、青年への希望」を課題にここ八ヶ岳山麓の清里から、“農村からの民主主義”ポールさんがよく使った言葉ですが‘アメリカの民主主義に着物を着せる運動’を始めようと彼は余生を捧げる決心をします。軍籍を離れたのは1949年です。彼はアメリカ、カナダ全土をまわって募金活動の旅を続けました。ある時は、教会の説教台から、ある時は婦人会の集まりで、また農業機械の工場で、医療機関で多数の会衆を前に熱っぽく、「神のみ国の建設のため、日本の草の根民主化のため」を訴え続けるのでした。


1950年、イリノイ州、シカゴに米国のアンデレ同胞会の支援を受けて清里農村センターの後援会が生まれました。この後援会は現在に至るまで清里の活動を支援し続けています。名称はAmerican Committee for KEEP となりました。
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